DMM.make AKIBAのビジネスメディア「FACT」

東大が探求する「自然共生型の次世代IoT」とは――ERATO川原 万有情報網プロジェクト

ERATOは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進する、科学技術イノベーションを生み出す創造的な新技術の創出を目的とする戦略的創造研究推進事業だ。
そのひとつである「川原万有情報網プロジェクト」は、東京大学大学院工学系研究科の川原圭博教授を研究総括とするチームで構成されており、DMM.make AKIBAにプロジェクトルームを構えている。

数々の独創的な研究成果を発表し、世界的に注目を集めているERATO川原プロジェクトの最新の研究内容や、研究成果の社会還元に欠かせない大学と企業の連携について、川原教授と川原研究室の梅舘拓也特任講師、加藤邦拓特任研究員にお話を伺った。

 

――研究テーマについてご紹介いただけますか。

川原教授「ERATO川原万有情報網プロジェクトが目指しているのは、『IoTの次の時代をどうデザインしていくのか』ということです。
モノのインターネットであるIoTですが、一般的には、何かのセンサーがBluetoothやWi-Fiで接続されていて、それをスマートフォンで操作できるというイメージではないでしょうか。これは、単に普通のコンピューターを小さくするという発想なのですが、モノのインターネットというからには、モノの中に自律性や賢さ、逞しさがあっても良いと思います。もっと自然と協調し、自然の中で逞しく生きるロボット、そうしたロボットをセンサーの一種と捉えて作っていくという研究になります。

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻教授 川原圭博氏

 

自然の中で協調して機能するロボット

自然と協調したロボットというのは、具体的には昆虫を模したような形態で、空間を歩き回ったり飛び回ったりして、エネルギーもどこからともなく取ってきて、勝手に活動しているようなものになります。そして自然の中の情報を取得してクラウドにアップロードし、人の生活や農業などに役立てるといったところを目指しています。

これを実現するための研究テーマが3つあります。まず、こうしたロボットをどのように作るのかというファブリケーション技術です。
着目しているのは3Dプリントなどの印刷技術で、特に私たちは銀ナノインクを使って回路を作るという技術を研究していたので、印刷によってロボットの身体を作ることに着目しています。次にどうやってロボットを動かすのかというアクチュエーション技術があります。そして3つ目がどうやってエネルギーを供給するのかという、無線給電技術の研究です。

主にAKIBAでは、ファブリケーションとアクチュエーションを研究しています。それぞれの代表的な研究内容として、銀ナノインク使った印刷に関する研究を加藤から、自律分散型ロボットの動きに関する研究を梅舘から、紹介します」

 

折ることでスピーカーになる「折り紙スピーカー」

加藤氏「私は取り組んでいるのは銀ナノインクで回路を印刷した紙を使った折り紙の研究です。1枚の紙に導電性の銀ナノインクで回路パターンを印刷してあり、それを折り上げることで、音を鳴らすスピーカーになります」

川原研究室 特任研究員 加藤邦拓氏

加藤氏「具体的には電極が2つ印刷してあり、その間に1枚絶縁用のセロハンテープが貼ってあります。ここに電源装置を使って200~300V程度に昇圧した電圧を印加すると、紙同士が吸着します。加える電圧を音響の信号に変えることで、紙を振動させて音を発生させています」

折り紙スピーカー。折り紙でホーンを作り、底部に電極を印刷している。電極間に発生するクーロン力を使って音を発生する仕組みだ。

加藤氏「こちらは折り紙でセミを作った例ですが、先ほどと同じような仕組みで、セミの折り紙からセミの鳴き声がします。より複雑な形状の折り紙になりますが、紙を折った後にちゃんとスピーカーとして機能するような形のパターンを設計して、印刷しています」

川原教授「普通はスピーカーとして音を出すためには、磁石やコイルを入れないときれいに振動しないのですが、それを紙と銀ナノインクだけで音が出るように作っているという点がポイントです。

左がセミの鳴き声を再生するセミの折り紙。単純な折り紙から音が出ることに驚かされる

折り紙をスピーカーとして鳴らすためには、紙を折り上げた時に電極同士が引き合うようにパターンが接するようにデザインする必要があります。
近年、折り紙の折り線の設計という問題が数学の応用分野の一つの題材として発達し、折り紙の設計にコンピューターが使われるようになりました。展開図でどのように折線を付けるのか、そしてどこに銀インクの電極パターンを貼れば音が出るのか、数学を活用するのも研究テーマの一つです」

――スピーカーとして機能するように回路パターンをコンピューターで設計し、銀ナノインクで印刷して折り紙にするわけですね。今後どのように発展させる予定ですか?

加藤氏「現状では一度折り紙を折ってから展開して、折り目を見ながら銀インクを貼る位置を自分で考えて設計しています。数学的な折り方を作ってくれるシステムがありませんから、コンピューターで自動的に考えて配線するシステムを開発する予定です」

川原教授「さらに違う方向性として、熱を加えたり、電気を流したりすることで、脚を動かしたり羽根を羽ばたかせたりといった動きを生じる新しい印刷パターンにも取り組んでいます。

折り紙を折るのはそれだけでも楽しいですが、実は折線の設計をどう変えるのかで工学的に持つ意味や働きが変わり、設計がすごく難しい。折り紙は、まだ十分に語り尽くされていない、やらなければならないことがたくさんある分野だと思っています」

 

本物のイモムシの動きを模した「イモムシ型ロボット」

梅舘氏「日常生活の中で動き回って、人と接触しても怪我などをしないような『柔らかいロボット』をどのように作るのかを研究しています。このソフトロボットを作るため、どのように設計するのか、どのように制御するのか、どのように作るのか、という3点をゼロから考える必要があります

川原研 特任講師 梅舘拓也氏

一般的な考えとして、ロボットはこれから動こうとする外界を予め全てセンシングして、状況を理解した上で動き出さなければならないといった固定観念があります。
ところが自然界の生物は、まず動いてみる。そして試行錯誤しながら動き続けています。これをロボットで実現するためには、大きな脳を1つ置いてそれが全部命令するよりも、小さな脳をたくさん置いておいてそれぞれ協調させたほうが、動きを作り出すのも早いし、試行錯誤も多くできます。このように、生物から着想を得た『自律分散システム』を使うことで、きびきびと動くロボットができると考えています。

特にソフトロボットは、動くときにどこが関節になるかもわかりません。そのため、既存のロボットのように、動きや変形を運動方程式に置き換えて制御することが難しい。そのため、小さい脳を積んだ部分がそれぞれ協調しながら動くという自律分散制御と相性がいいと思っています。

モジュールは独立して動くようにプログラムされているが、物理的に接続することで全体として協調して動くようになる。

これは周期的に縮むように作られたモジュールを接続した、イモムシ型ロボットです。
モジュール単独で動かしても縮むだけで移動できませんが、モジュールを連結することでちゃんと動くようになります。
実はモジュールの力のバランスを少し崩してあって、後ろになるアクチュエーターが少し強くなっています。各モジュールには「楽に動こう」という制御則が入っているため、モジュールを連結していくと、強いアクチュエーターが主導して、弱いアクチュエーターが追従する形になり、各モジュールが協調して縮むようになります。何個連結しても、ちゃんと協調して動くようになります」

紙の裏面に銀インクで回路を印刷することでアクチュエーターとし、イモムシのように動かしている。銀インクを使ってセンサーとアクチュエーターを兼用させる研究も進めている。

――ハードウェア的に連結させることで、電子回路を接続しなくても制御がシンクロしていくわけですね。

梅舘氏「実はAKIBAの10階にあるプロジェクトルームで本物のイモムシを飼育しているんです(笑)
その動きをよく観察してみると、各部の曲げに加えて圧縮もしていることがわかりました。今度発表するロボットでは、曲げと圧縮を使うことで、今までのロボットより上手に動かせるようになりました」

実際のイモムシの動きを観察してソフトロボットの制御に応用する。出展:youtube

 

AKIBAの地の利を研究開発に生かす

――研究室は本郷キャンパスだと伺いました。自転車でも通える距離にあるAKIBAに入居されたきっかけを教えてください。

川原教授「このERATOプロジェクトの研究期間は、2015年10月~2021年3月と決められています。5年半という限られた時間の中で、プロジェクトを早く立ち上げる必要がありました。自分たちで色々な器具を買うよりも、AKIBAにはすぐに使えるものが揃っています。それに交通の便も良いので、多くの人が集まる場になれば良いなと思い、プロジェクトルームに入りました。

加えて、自分の研究をエレファンテックSenSproutという2つのベンチャーへと繋いだ経験があります。このプロジェクトから新しく生まれた技術も、様々な人の手にかかって違う使い方が出てくるかもしれません。AKIBAには、そうした他の会員さんとの出会いや交流のチャンスもあります」

加藤氏「僕は今では大学よりもAKIBAにいる時間のほうがずっと長いです。ここでハードウェアを作っていると、欲しい部品があってもすぐに手に入れて試すことができます。研究のスピードも高まるので、このロケーションはありがたいです」

――研究をベンチャーに繋ぐというお話がありました

川原教授「研究者が作り出したものを如何にベンチャーに繋げていくのかは、ここ何年も考え続けている課題です。研究者として技術を極めていくわけですが、ただ論文だけを書いていても、ある種の空しさがあります。特に良い研究をしている人こそ、世の中の役に立ちたいと考えている。ですが、社会問題を解決するためには、研究とは全く違う努力も必要とされてきます。

研究は一人でもできますが、モノを作って世の中に出していくためには、製造会社で作れるよう実用化まで持っていき、さらに販路を開拓して営業するといった、組織が必要になります。研究者ひとりで出来るものではないので、コミュニティとして支えていく必要があります。例えば研究者のシーズを買い取って実用化まで持っていくのが得意な会社もありますから、AKIBAがネットワーキングの場になれば良いと思っています」

 

産学連携の課題、目指すべき未来

――企業が大学と一緒にプロジェクトを進めることの難しさは何でしょうか。

川原教授「企業と大学では、それぞれがこれまで大事にしてきたものが違うので、話が合わなかったり考え方が違ったりすることはあります。ですが、究極的には企業も製品を作って、サービスを作って、世の中を良くしたり、人々を幸せにしたいと思っていますし、それは研究者も普遍的に思っていることです」

――企業として気を付けるべき点はありますか?

川原教授「大学では、今すぐ役に立つことより、5年10年先に当たり前になるようなことを手掛けている人が圧倒的に多いので、直近の商品やサービスへの成果を出せる研究者は多くはないですね。それは大学の使い方としては、あまり適切ではないでしょう。

今では当たり前になっているような研究でも、最初に出てきた頃はあり得ないくらいセンスが悪い技術だったりします。技術の初期段階は、そういうものが多いので、企業側も想像力をたくましくして、これが未来の技術の本命だと思える人に賭ける、といった付き合い方が良いのではないでしょうか」

――大学側で企業とのタッチポイントは整備されていますか?

川原教授「大学には共同研究の申込窓口はありますが、全学を見ている部署だと先生の数が多すぎて、それぞれの研究の詳細まではわかりません。例えば、こういうすごい機能をもったロボットを作りたいという漠然とした相談を持ち込んでも、どの先生にアクセスすれば良いのかもわからない。研究室の特色も分からないので、うまくマッチングできないケースもあります。

一方でアメリカの大学では、申し込みを扱う中間組織が設置されていて、先生たちがその組織の活動に参加しています。具体的に何を研究しているのかもわかりますし、企業の担当者が持ち込んだ課題に対して、違う専門性の人たちが様々な視点からアイデアを出せる環境があります。大学側にワンストップで相談できる窓口があったほうが良いでしょう」

――大学と企業との連携のあり方について、お考えをお聞かせください。

川原教授「社会問題、世の中を変えていくこと、夢みたいなモノをみんなが持ち寄り、それに対して自分がどのように貢献できるのか。それが考えられるような協創の場ができるといいなと思います。

成功事例が増えていくことで、どうすれば良いのかがわかってきます。僕らもいろいろやってきてわかったこともあるので、それを知見としてフレームワークとして作りたいですね。多くの人が起業や協業にチャレンジできるよう、そうした接点が持てる場所があればと思っています」

 

(取材・文:後藤銀河)

AKIBAにあるプロジェクトルームにて

AKIBAにあるプロジェクトルームにて

川原 圭博
2005年 東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。2005年 東京大学大学院情報理工学系研究科 助手。助教、講師、准教授を経て、2019年より東京大学大学院工学系研究科 教授。このうち、2011-2013 ジョージア工科大学客員研究員及びMIT Media Lab客員教員を兼任。日本学術振興会賞受賞(2018)。情報通信を基盤技術として、IoTやセンシングシステムの高度化に向けた研究を展開。2015年からはJST ERATO万有情報網プロジェクトの研究総括に就任。デジタルファブリケーション技術、無線給電技術を活用し、ロボットやセンシングシステムの高度化に取り組む。印刷エレクトロニクスを手がけるAgIC株式会社、低コスト農業用センシングシステムを手がける株式会社SenSproutは研究室発の技術を実用化する会社として設立された。

梅舘 拓也
2009年 東北大学大学院工学研究科 博士課程修了。博士(工学)。2011年 日本学術振興会特別研究員(PD)として数理モデリングの泰斗である広島位大学大学院理学研究科の小林亮教授の元で研究活動に従事。2012年 米国Tufts大学に移籍し、2013年からは日本学術振興会海外特別研究員として、イモムシの動力学、神経科学で著名な生物学者Barry Trimmer教授の元でイモムシ型ソフトロボットの開発を行う。2016年 東京大学 大学院情報理工学系 川原圭博准教授が総括するERATO川原プロジェクトに特任講師として参加、現在に至る。

加藤 邦拓
2013年 明治大学理工学部情報科学科卒業。2015 年 明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系 博士前期課程修了。2015 年同大学理工学部助手。2016 年 日本学術振興会 特別研究員 (DC2)。2018年明治大学大学院先端数理科学研究科先端メディアサイエンス専攻 博士後期課程を修了し、博士号 (工学)を取得。2018年より東京大学大学院 情報理工学研究科 特任研究員に着任、現在に至る。ユーザインタフェース、デジタルファブリケーションに関する研究に従事する。

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