DMM.make AKIBAのビジネスメディア「FACT」

地方発イノベーションの誤解と実際――「普通の人」がイノベーションを起こすためには

画像提供:小林茂氏

地方自治体がイノベーションを推進する取り組みが近年増加している。神戸市がスタートアップと行政職員の協働プロジェクトを公募したり、福岡市が産学官民一体のシンク&ドゥタンクを立ち上げたりと、数多くの事例が存在する。一方で、地方は首都圏よりもイノベーションに不利な立場であるという言説も珍しくないが、その認識は適切なのだろうか。

岐阜県の地場企業によるイノベーション創出プログラムを実施する小林茂氏(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授)に、地方発イノベーションについて伺った。地方と首都圏の差の実態から新規事業担当者が体験すべき開発手法まで、多岐にわたった内容をお伝えする。
(聞き手:DMM.make AKIBAエバンジェリスト 岡島康憲)

 

岐阜県発イノベーションを起こすための取り組み

情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授 小林茂氏

 

小林氏は岐阜県の事業として、地場産業がイノベーションを起こすためのプログラムを先導している。まずはこれまでの取り組みについて振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

コア・ブースター・プロジェクト(2013.9 – 2015)

コア・ブースター・プロジェクトの成果物のひとつである光枡。
ものづくり担当:有限会社大橋量器
デザイン/撮影制作担当:サンメッセ株式会社
ハードウェア担当:有限会社トリガーデバイス
プロジェクト管理/ソフトウェア担当:株式会社パソナテック

2013年の9月に開始した「コア・ブースター・プロジェクト」は、岐阜県で活動する情報産業と地場産業の組み合わせで新しいプロダクトを生み出すための取り組みだ。
小林氏とIAMAS卒業生によるペンチャー企業が主催した取り組みに、異業種の企業から構成されるチームが参加してプロダクト開発に取り組んだ。成果物のひとつである「光枡」はクラウドファンディングに成功した後、一般販売している。

小林氏「コア・ブースター・プロジェクトは地場産業と情報産業から人々を集め、業種をまたいだオープンイノベーションを起こそうとした取り組みです。
一つの成果として、地域の特産品である桝にスマートフォンから制御可能な電子回路を組み込んだ『光枡』を世の中に送り出すことができました。製品自体が大量に売れたわけではありませんが、メディアによる紹介を通じて参加企業の認知度が上がり、新しい協業につながっているようです。

光枡の開発を通じて、ハードウェア開発にかかる資金の捻出や、リリース後のアプリメンテナンスが必要になることなど、多くの課題を再確認しました。プロジェクトは翌年にも開催されましたが、2チームがコンセプトプロトタイプまで完成させたものの、その後の経営判断から製品化には至っていません。複数の企業同士で活動を続けることの難しさも影響していたと思います」

 

岐阜イノベーション工房 (2018.6 -)

2018年6月にスタートした取り組み。
コア・ブースター・プロジェクトと異なり、主催者判断によるチーム編成を行わず、各企業3人以上からなるチームを組んで参加することが条件となった。半年にわたる内容は、イノベーション創出の手法を主催者からハンズオンで学ぶ全10回の「演習プログラム」と、各チームでプロジェクトを進める「実習プログラム」に分かれている。

 

小林氏「コア・ブースター・プロジェクトは『オープン』型であることを募集時からうたっていました。これに対して、岐阜イノベーション工房では企業ごとにチームを組んで参加し、それぞれが抱えるテーマに取り組むという形でした。それぞれ約3か月にわたる演習プログラムと実習プログラムを経て、2019年3月に成果報告会が行われました。全6チームのうち、半数以上はプログラム終了後にも活動を継続すると報告を受けています」

 

コンセプトの正しさを評価するためのプロトタイピング

 

小林氏「このプログラムに参加した企業をはじめ、岐阜県の製造業者は自社製品の開発や受託製造をしているので、製品や部品を作ること自体は得意です。ところが、複雑なものでも製作でき、具現化の能力が高いがゆえに、元となるコンセプトが間違っていたとしても開発は着実に進み、結果として『誤ったものが正しく完成してしまう』ことがあります。

これを防ぐため、仕様や規制に対する機能の正しさを検証する(ベリフィケーション)のではなく、プロダクトのねらいやコンセプトの正しさを評価する(バリデーション)という考え方を強調し、演習プログラムの中に取り入れました。

具体的には、数十個のアイディアの中から、まずは簡単なプロトタイプを作り、それを用いて3人程のステークホルダーや顧客と属性が近い人にヒアリングします。
すると、解決しようとしていた問題がさほど重要ではなかったり、逆に見過ごしていた部分に大きな罠が潜んでいたりと、それぞれの考えにズレがあることが分かります。こうしたギャップを実感してもらうことで、個人の思い込みだけで製作を続けることの危うさを伝えることができました」

岡島(DMM.make AKIBA)「DMM.make AKIBAのPoC(Proof of Concept)研修を受ける方も、機能の検証は得意であっても、コンセプトの正しさを確かめるのは不得意であったり、そもそも必要性すら認識していなかったりするケースが多いと感じます。

プロトタイプを作ったテストを行う際にも、完成品一歩手前まで作りこんでから実験をしてしまう。そこからスタート地点に出戻りするよりも、早期から見た目や機能などの要素を切り出したミニマムなプロトタイプを作り、評価を繰り返して仕様や要件を詰めていく方がリソースを有効活用できるはずです」

 

小林氏「開発の初期段階では仮説が間違っていることが多いので、自分たちが重要だと思う部分の価値に共感してもらえるかどうかに焦点を絞り、少人数を対象にして確かめるのが良いでしょう。ただし、ミニマムな実験を繰り返す手法は、これまで重要視されていなかったので、エンジニアをはじめ製品開発に携わる人々の間でノウハウが蓄積されていません。

岐阜イノベーション工房の演習プログラムには、こうしたミニマムな実験のための具体的な手法を多く取り入れています。
たとえば、アプリならPowerPointで画面を作ってスマートフォンで再生すれば良いし、実体があるものであれば段ボールで作っても良い。IoT機器やセンサーが必要となれば、主催者側で確認済みのツールを提供するなどしながら、参加者は手早くプロトタイプを作って試すことを繰り返しながら改善していくための手法を経験しました」

 

地方は遅れているというコンプレックスがイノベーションを阻害する

コア・ブースター・プロジェクトと岐阜イノベーション工房は、岐阜県内の中小企業を主な対象として実施された。しかし、その中で発見されたイノベーションを起こすための知見は、必ずしも岐阜という環境に限られたものではなく、東京をはじめとした都市圏や大企業にも適用することができるかもしれない。

岡島「これまで伺った内容は、岐阜の中小企業から都内の大手メーカーに置き換えても通じると感じました。地方にせよ都市にせよ、会社が持っている課題はそれほど変わらないように思います。一方で、地方自治体の人と話をすると、『東京は情報も人も集まっていて良い環境だが、地方でイノベーションを起こすのは何かと大変だ』と言われることが多いのですが、こうした認識のギャップについてどうお考えですか?」

小林氏「紹介した2つのプログラムに参加した企業はほぼ岐阜県内に限られているのですが、都市圏の企業との間に大きな性質の差はないと思っています。もちろん、情報量や組織の多様性、お金の流れなどは東京とそれ以外の都市に差があり、たとえばスタートアップの資金調達では東京が有利なのは事実です。だからといって、東京とのポテンシャルに差があることを前提にしている限り、その差は埋まらないと思います。

そもそも『東京が進んでいて地方都市はそれを追わなければいけない』という認識が広がっているのは、このロジックだと納得しやすい人たちがいるからでしょう。シリコンバレーではこう、東京ではこう、といった時間差を使ったビジネスのようなものを積み重ねた結果、地方や日本は常に遅れているという劣等感を植え付けることに成功してしまった。そう思い込んでしまうこと自体が、東京と地方の差を生み出す一番の原因になっていると感じます。
自分たちは常に遅れた情報を追いかけるしかないという卑屈なマインドを持ち、よその成功事例を真似たような取り組みをしたいと言っている限り、最先端に立つことは絶対にありません。

2013年12月に大垣で開催したiBeaconハッカソンは、iBeaconを題材としたハッカソンとしてはおそらく世界でも初めての取り組みでした。8割の参加者は岐阜県の外から集まり、中には普段はシリコンバレー駐在でたまたま帰国中だった方もいました。この経験から学んだのは、最初に面白いことをやると、感度の高い人は場所がどこであろうと集まってくるということです。そうして集まった人たちの中で協業が始まると、地方や都市という構図はほとんど関係なくなってきます」

岡島「DMM.make AKBAでは地方自治体の方から『スタートアップを増やしたい』と相談を受けることもあるのですが、数を増やすこと自体が解決策だとは思いません。
それよりも、まずはテクノロジーに対するリテラシーを上げていくことが重要ですよね。異なるエリアの企業の力を借りてでも、地域ごとに抱える課題をテクノロジーで解決するという成功体験を増やしていけば、次第に地元の産業や大学との連携も活性化していくでしょう」

 

「イノベーティブであることを求められる普通の人」はどうするべきか

岡島「本気で新しいビジネスを起こさなければいけないという危機感を持つ人であれば、都市や地方、大企業や中小企業の差を問わず、どんな環境であれ面白いプロジェクトや面白い仕掛けを始めることができる。

一方で、イノベーター層とマジョリティ層という区別もどこにでも存在していて、今後は両者間のハレーションが課題になると感じています。たとえば、上司の指示で新規事業を開発しようするが、今までの仕事のやり方との差に苦しむ人が出てきている。イノベーティブであることを求められる普通の人たちは、そのギャップとどう付き合うべきなのでしょうか」

 

小林氏「典型的には、本人の希望ではなく新規事業部にアサインされてしまう人たちですね。何の訓練もなくいきなり実践投入されたとしても、評価システムが今までと変わらなければ、ただプレッシャーに苦しむだけになってしまう。この点に関して、田中聡さん、中原淳さんは「事業を創る人」の大研究という書籍のなかで、新規事業と既存事業を接続するのは経営層が取り組むべき仕事だと指摘しています。しっかりとした後ろ盾やセーフティネットのある新規事業であれば良いのでしょうが、なかなかそんな環境は作られていません。

それでも新規事業を興さなければいけないのであれば、DMM.make AKIBAのPoC研修や岐阜イノベーション工房のような取り組みを通じ、新事業開発の一連の流れを体験してみるのが良いかもしれません。小さな成功体験を得ることで、自分の中にチャレンジングな気持ちが芽生えることもあり得るでしょう」

岡島「PoC研修では座学とワークショップを通じて、インタビューの重要性やコンセプト評価の重要性などを学べるようにしています。岐阜イノベーション工房ほど長期間ではありませんが、実践投入前の体験という意味では共通していますね」

 

小林氏「岐阜イノベーション工房の演習プログラムが10回もあることに不安の声があったのですが、長い時間を共にすると参加者同士の信頼関係が生まれてきます。負担の大きなプログラムを共に乗り越えることで、社内では話しづらいことや共通の悩みを相談できるネットワークを育てていければ、より良い事業になると感じています」

 

地方での実例から見えた、イノベーションを生みだすために必要なもの

「地方と東京には差がある」という認識を前提にして他者の成功事例を待つ限り、地方発のイノベーションは生まれない。岐阜県を舞台に行われたプログラムを通じて見えてきたのは、コンセプト評価のためのプロトタイピング手法や、イノベーティブなマインドを育む体験などの重要性であった。

(取材・文:淺野義弘)

 

イベントのお知らせ

今回、記事の中でご紹介した、岐阜イノベーション工房のシンポジウム「IoTの“辺境(フロンティア)” 」が2019年5月31日に岐阜県大垣市にあるソフトピアジャパン セミナーホールで開催されます。

日時:2019年5月31日 13:30 ~ 16:30 (13:00 開場)
会場:ソフトピアジャパン セミナーホール (岐阜県大垣市加賀野4丁目1-7)
イベントの詳細はこちらをご覧ください。

御社の人材にIoTという切り札を

DMM.make AKIBAでは、事業会社の新規事業開発を実践的にサポートすることを目的とした「企業向けIoT人材育成研修」を提供しています。
IoTを語れる、活かせる即戦力、新しい価値観や新しいサービス、新しい市場を生む人材の育成をサポートし、「IoTとは何か」を技術とビジネスの両面を体系的に学ぶことを狙いとしています。
研修では経験豊富な講師陣が、基礎知識のレクチャーをはじめ、技術・ビジネスの両面でアイデアのブラッシュアップ、そして成果物となるプロトタイプ完成まで、一貫したサポートを提供いたします。
研修に関する詳しい記事はこちらをご覧ください。

岡島康憲
DMM.make AKIBAの企画・運営及びエヴァンジェリストを担当。 電気通信大学大学院修了後、ビッグローブ株式会社にて企画運営を担当。 2011年、岩淵技術商事株式会社を創業。自社製品開発やハードウェア商品の企画支援を行う。 2014年よりDMM.make AKIBAにジョイン。 2017年、IoTセンサー向けプラットフォームを提供するファストセンシング株式会社を創業。
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